大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所岡崎支部 昭和54年(ワ)50号 判決 1980年7月09日

原告

鳥居吉弥

ほか四名

被告

若松正造

ほか一名

主文

一  被告らは各自原告鳥居敦子に対し金二、一一九、一一二円原告鳥居吉弥、同鳥居祐二、同鳥居拾恵、同鳥居真生に対し各金一、一四九、五五六円及び右各金員に対する昭和五三年二月二四日より完済に至るまで各年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求は棄却する。

三  訴訟費用は一〇分し、その二を被告らの負担とし、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は、原告ら各勝訴の部分につき、原告鳥居敦子において金五〇〇、〇〇〇円、その余の原告らにおいて各金二五〇、〇〇〇円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

一  申立

(原告ら)

1  被告らは各自原告鳥居吉弥、同鳥居祐二、同鳥居拾恵、同鳥居真生に対し各金五、八二四、九六四円、原告鳥居敦子に対し金一一、六四九、九二九円及び右各金員に対する昭和五三年二月二三日からそれぞれ完済に至るまで各年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

(被告ら)

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

二  請求原因

1  訴外亡鳥居三弥(以下訴外三弥という)は左記交通事故に遭い、頭蓋底骨折等の傷害を受け、右傷害に因り即死した。

(1)  日時 昭和五三年二月二三日午後一一時一五分頃

(2)  場所 安城市二本木町二ツ池三番地先信号交差点

(3)  加害車 普通乗用車、トヨタコロナ三河五五や六二七五訴外小幡修一運転(以下小幡車という)普通乗用車、トヨタセリカ三河五六む九七三五被告若松正彦運転(以下若松車という)

(4)  態様 右信号交差点において、直東進中の若松車と対向右折車である小幡車が衝突したため、小幡車に同乗の訴外三弥が前記傷害を受け、即死した。

2  本件交通事故は、訴外小幡修一の若松車に対する進路妨害と被告若松正彦の徐行義務違反ないし制限速度違反(制限速度四〇粁を越え約一〇〇粁の高速走行)の各過失が競合して発生したものである。

3  若松車は被告若松正造が保有し、自己のために運行の用に供していたものである。

4  損害

(1)  逸失利益金 五三、四四九、七八八円

亡三弥は、事故当時、椅子部品等の製造販売を営業自的とする株式会社トルモクの代表取締役として、月収金三〇万円の給与を受けており、本件事故により、満三六歳で死亡したが、嫁動年数は平均余命内の満六七歳を終えるまで少くとも三二年間として、生活費三〇パーセントを扣除し、なお昭和五四、五五年度の賃金上昇率各六・二パーセントを見込み、ホフマン係数一八・八〇六により、同人の死亡時における逸失利益現価を計算すると、金五三、四四九、七八八円となる。

3,600,000円(年収)×1.062×1.062=4,060,238円

4,060,238円×0.7×18.806=53,449,788円

(2) 慰謝料 金一五、〇〇〇、〇〇〇円

(3) 葬儀料 金五〇〇、〇〇〇円

(4) 弁護士費用 金二、五〇〇、〇〇〇円

合計金七一、四四九、七八八円

5  原告らは、小幡車及び若松車の自賠責保険から各金一五、〇〇〇、〇〇〇円の支払を受け、また、訴外小幡修一の遺族と示談締結し金六、五〇〇、〇〇〇円の支払を受けた。

6  原告鳥居吉弥、同鳥居祐二、同鳥居拾恵、同鳥居真生は亡三弥の長男、二男、長女、三男として各六分の一の割合により、原告鳥居敦子は妻として三分の一の割合により、それぞれ亡三弥の本件事故による損害賠償請求債権を相続取得した。

7  そこで、損害合計金七一、四四九、七八八円から弁償済合計金三六、五〇〇、〇〇〇円を差引いた残金三四、九四九、七八八円につき、原告鳥居吉弥、同祐二、同拾恵、同真生は被告ら各自に対しその六分の一に当たる各金五、八二四、九六四円、原告敦子はその三分の一に当たる金一一、六四九、九二九円及び右金員に対する不法行為の日である昭和五三年二月二三日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  答弁

1  請求原因1の事実中、若松車が加害車両であるとの主張を争い、その余の点は認める。

2  同2の事実中、被告若松正彦に主張の過失(競合)があることを否認し、その余の点は認める。

3  同3の事実は認める。

4  同4の事実は不知

5  同5の事実中、原告らの自賠責保険受領額は金三、〇二一、〇〇〇円であるが、その余の点は認める。

6  同6の事実は不知

7  同7の主張は争う。

8  被告若松正彦は普通乗用自動車(若松車)を運転して、国道二三号線を時速約八〇粁で東進し、信号機のある本件交差点に至り、青信号に従い右交差点を直進通過しようとしたところ、同国道を西進してきた訴外亡小幡修一運転の普通乗用自動車(小幡車)が同交差点において右折し、若松車の直前を横切ろうとしたため、若松車の前部と小幡車の左側部が衝突し、本件事故となつたのである。

信号のある交差点では、青信号に従い進行する車の運転者は対向車が自車の直前を右折することはないと信頼しているものであるから、本件事故はすべて訴外亡小幡の後記飲酒運転に伴う右折不適切に因るものであり(同人は若松車に全く気付いていなかつた疑いもある)、被告若松正彦に過失はない。

亡小幡は事故当日午後七時頃安城市末広町の飲食店「ピープル」で亡三弥と待合わせ、亡三弥が食事に行つている間に友人二人とビール中瓶三本を飲み、同八時頃迎えに来た亡三弥と共に、同市朝日町のキヤバレー「安城グランドハワイ」で他一名と同八時四〇分過ぎ頃より同九時三〇分頃まで、ホステスを交え、ビール小瓶九本を飲酒した。亡三弥は右グランドハワイに行く前に同市末広町の飲食店「山ちやん」で日本酒二合を飲んでいる。同九時三〇分以降本件事故までにおける右両名の行動は詳かでないが、行動を共にしていたことは推察できる。亡小幡は、本件交差点に向け、左側車線上を西進していたが、交差点手前で右折ウインカーを作動させたのにかゝわらず、進行車線の変更もなさず、青信号であるのに、交差点で一旦停止し、暫らく後、時速五~六粁の低速で右折を始め、本件交差点に進入したのである。亡小幡は酩酊しからずとしても酒気帯び運転をしていたものであり、後続のタクシー運転手が酔つ払い運転ではないかと感じたことは右事実を裏付けるものである。

仮に被告若松正彦に過失があるとしても、前述の事故発生の原因、事情に照らして、右過失の割合は一割を越えるものでない。亡三弥は小幡が飲酒運転することを承知で、みずからも共に飲酒し、小幡車に同乗していたものであるから、飲酒運転により発生するかも知れない大きな危険をみずからも認容していたものというべきであり、両名の間には事故発生の高度な蓋然性を共同で認容していたという点で一体関係を認めることができるから、小幡の過失は亡三弥を含む小幡側の過失として、亡三弥の損害賠償額を算定するうえで参酌されなければならない。これによると、仮に損害額が原告ら主張どおりであるとしても、原告らが被告らに請求できる金額は右損害額の一割に当たる金額であるところ、該金額は既に原告らにおいて受領した自賠責保険金、示談金の合計額以下のものであるから、本訴請求は失当というべきである。

四  証拠〔略〕

理由

一  請求原因1、2摘示のうち当事者間に争いのない事実、成立に争いのない甲第三号証、乙第一ないし第一二号証によると、被告若松正彦は、昭和五三年二月二三日午後一一時一五分頃普通乗用自動車(若松車)を運転して県道岡崎刈谷線を東進し、時速約八〇粁ないし一〇〇粁をこえる高速度で、安城市二ツ池三番地先、国道二三号線との交差点にさしかゝつた。右県道の制限速度は時速四〇粁であり、同交差点は信号機の設置された交差点であつた。同被告は、交差点の手前約百数十メートル付近に至つた頃、交差点の信号が青信号となつたので、そのまゝ同交差点を東進通過すべく、交差点に進入したところ、反対方向から西進してきて同交差点で右折しようとして進行し、自車の直前に出てきた小幡車を回避する余裕もなく、同車の左側部分(前部から中央部のあたり)に自車の前面部分を衝突させ、本件事故を起こしたものである。

小幡車は訴外小幡修一が運転し、亡三弥が同乗していた。右小幡も本件事故により死亡している。右両名は、これよりさき、同日午後七時過ぎ頃より同午後九時半頃までの間、安城市内の飲食店ピープル及び安城グランドハワイで、合わせて各ビール二本以上を飲んでおり、亡三弥は他の飲食店で酒二合を飲んでいる。同日午後九時三〇分以後の両名の行動は不明である。両名とも酒は強いほうで、同日午後九時半頃グランドハワイを出店した当時酔つているようには見えなかつた。

その後、小幡修一は自己の運転する普通乗用自動車(小幡車)に亡三弥を同乗させ、同日午後一一時一五分頃前記県道を東進し、本件交差点にさしかゝつたのであるが、同交差点手前において右折ウインカーを表示しながら、予め右折車進行車線上に進路変更をなすこともなく、そのまゝ同交差点内に直進したのち、一旦停車し、寸時後緩速にて右折進行を始めた。訴外小幡がそのまゝ右折を続ける意思であつたのか、あるいは右折停止し東方からの進行車が通過し南北道路の交通表示が青信号になつたのちに右折する意思であつたのか、そのいずれであつたかは明らかでないが、いずれにせよ小幡が自車を同交差点で右折させ、東方より西進する若松車の進路を妨害する地点にまで進行させていたことは明らかである。このため、被告若松正彦は同交差点に入つた矢先頃、自車の進路を妨害する場所に進行した小幡車を回避することができなかつたのであるが、同被告が前記のような高速度でなく安全な運転に配慮していたならば、小幡車との衝突を回避できたか、又は衝突したとしても死亡事故を惹き起こす如き重大な結果とならなかつたものと考えられる。

以上の事実を認めることができ、右事実によると本件事故は訴外小幡の過失(右折不適切)と被告若松の過失(危険な高速運転)が競合して惹起されたものであり、過失の割合は訴外小幡七、被告若松正彦三とみるのが相当である。

二  被告ら代理人は、本件事故は訴外小幡の飲酒運転に伴う右折不適切の過失にもとづき生じたものであつて、亡三弥は事故前訴外小幡とともに飲酒しており、同訴外人の飲酒運転により生ずべき危険を認容して同乗していたのであるから、訴外小幡の過失は亡三弥を含む訴外小幡側の過失として、本件損害額算定上過失相殺されるべきであると主張する。しかし、訴外小幡が事故前亡三弥とともに飲酒したことは前示認定のとおりであるが、訴外小幡の過失の内容である右折不適切が事故前の飲酒によることを肯認するに足る証拠はないので、右主張は採用できない。

三  損害請求額について

1  成立に争いのない甲第一、二号証、原告鳥居敦子本人尋問の結果によれば、

亡三弥は、事故当時、椅子部品等の製造販売を目的とする訴外株式会社トリモクの代表取締役をなし、昭和五二年度確定申告年間所得額は三、六〇〇、〇〇〇円であつた。同会社は昭和五一年に設立され、事故当時二〇数名の従業員が居た。

亡三弥は昭和一六年九月六日生れ、事故当時満三六歳、健康であつたから、平均余命内の少くとも満六八歳に達するまで三二年間就労可能と考えられる。

当時、亡三弥の家族は妻の原告鳥居敦子と、同原告との間に出生した長男である原告吉弥(中学一年)、二男の原告祐二(小学生)、長女の原告拾恵(小学生)、三男の原告真生(二歳)であつた。

以上の事実が認められる。

そこで、亡三弥の生活費を収入の三割として、事故時の逸失利益現価を求めると、金四七、三九一、一二〇円である。

3,600,000円×0.7×18.806ホフマン係数=47,391,120円

原告ら代理人は、右と異なる計算方法を主張するが、亡三弥は株式会社トリモクの代表取締役として同会社から前示収入を得ていたものであるが、将来同会社の経営の浮沈は予測できないところであり、従つて亡三弥の収入が一般の賃金上昇率に従い増加するものとして、同人の逸失利益額を求めることは相当でないから、右主張は採用しない。

2  慰謝料は本件事故の経緯、亡三弥の職業、家族等前示認定の事実、その他諸般の事情を総合し、金八〇〇万円を相当額と認める。

3  亡三弥の葬儀費用として原告ら主張の金五〇〇、〇〇〇円は相当額のものと認められる。

4  原告らが自賠責保険金として合計金三、〇〇〇万円の給付を受けたこと及び訴外小幡修一の遺族と示談し金六、五〇〇、〇〇〇円の支払を受けたことは当事者間に争いがない。被告ら代理人は原告らが受領した自賠責保険金額は三、〇〇〇万円を越える金三、〇〇二万一、〇〇〇円である旨主張するが、右主張を認める証拠はない。

5  ところで、前記1、2、3の損害額より4の受領額合計金三六、五〇〇、〇〇〇円を差引くと残額金一九、三九一、一二〇円となるが、原告らは訴外小幡の遺族との間で合意した示談により、右訴外人に対する金三六、五〇〇、〇〇〇円を越える損害賠償請求債権を免除したものと解することができるので、右残金一九、三九一、一二〇円の内右訴外人が前示過失割合により負担すべきその七割に相当する金一三、五七三、七八四円については、民法第四三七条により、被告若松正彦につき免除の効力を生ずるものというべきである。

6  したがつて、被告若松正彦の損害賠償債務額は前記金一九、三九一、一二〇円より右金一三、五七三、七八四円を扣除した残金五、八一七、三三六円となる。

四  以上の事実により、亡三弥の相続人として、原告鳥居敦子は三分の一、原告吉弥、同祐二、同拾恵、同真生は各六分の一の相続持分を有するものであるから、被告若松正彦は原告鳥居敦子に対し前記金五、八一七、三三六円の内、その三分の一に当たる金一、九三九、一一二円、その余の原告らに対し六分の一に当る各金九六九、五五六円を賠償すべきである。

五  原告ら主張の弁護士費用については、事案及び訴訟の内容等にてらし、合計金九〇〇、〇〇〇円、右原告につき各金一八〇、〇〇〇円を相当額と認める。

六  したがつて、被告若松正彦は原告鳥居敦子に対し前記金一、九三九、一一二円、金一八〇、〇〇〇円合計金二、一一九、一一二円、その余の各原告に対し金九六九、五五六円、金一八〇、〇〇〇円合計金一、一四九、五五六円及び右各金員に対する不法行為の日の翌日である昭和五三年二月二四日より各完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるというべきである。

七  被告若松正造が被告若松正彦運転にかかる乗用自動車(若松車)を保有しその運行供用者に当たることは当事者間に争いがないので、被告若松正造は被告若松正彦と連帯して前記損害を支払う義務がある。

八  よつて、原告らの本訴請求は叙上認定の限度においてこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担、仮執行の宣言につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条、第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山内茂克)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例